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福岡地方裁判所 昭和57年(ワ)3486号 判決 1986年7月16日

原告

高木睦夫

右訴訟代理人弁護士

佐藤哲郎

被告

河野建設有限会社

右代表者代表取締役

河野禎男

被告

河野禎男

被告

佐野憲治

被告

有限会社堤正則建築設計事務所

右代表者代表取締役

堤正則

被告

堤正則

主文

一  被告河野建設有限会社及び同河野禎男は、連帯して、原告に対し、金五〇七万八〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年二月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の右被告両名に対するその余の請求及び被告佐野憲治、同有限会社堤正則建築設計事務所、同堤正則に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、原告に生じた分の三分の一並びに被告河野建設有限会社及び同河野禎男に生じた分の全部を同被告らの負担とし、その余はすべて原告の負担とする。

四  本判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた判決

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告に対し、金一〇〇三万二八〇〇円及びこれに対する昭和五八年二月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五六年一一月初め頃、被告河野建設有限会社(以下「被告河野建設」という)及び同佐野憲治との間で、左記建物建築契約(以下「本件請負契約」という)を締結した。

(一) 原告を注文者、被告河野建設及び同佐野を共同請負人とする。

(二) 建築建物は別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)とし、その仕様は該建物の建築確認通知書添付の設計図面のとおりとする。

(三) 請負代金は一五〇〇万円、工事完成期限は昭和五七年一月三一日とする。

2  原告は、昭和五六年一一月初め頃、被告有限会社堤正則建築設計事務所(以下「被告堤建築設計」という)との間で、本件建物の建築工事に関する設計監理委託契約(以下「本件設計監理契約」という)を締結した。

3  その後、原告は、右着工から完工までの間に、被告河野建設及び同佐野に対し左記追加工事を注文し、同被告らはこれを請負つた。

(1) ソーラー設備設置工事

(2) 一階及び三階の各トイレ新設工事

(3) 流し台設置工事

(4) 照明器具取付工事

(5) 一階物入新設工事

4  原告は、昭和五七年二月一六日、被告河野建設及び同佐野から本件建物の引渡を受けたが、本件建物には、別紙工事瑕疵一覧表記載のほか、一階及び二階の階段廻り、二階和室の広縁長押及び天井にそれぞれ工事瑕疵(以下「本件工事瑕疵」という)のあることが判明した。

5  原告は、本件工事瑕疵によつて、次のとおりの損害を被つた。

(一) 瑕疵補修費 二二二万円

本件瑕疵のうち建物の構造上、性状上及び日常の生活上から必要な補修は次のとおりである。

(1) 一階物入及び便所の雨漏り補修費四万円

(2) 一階から二階、二階から三階への各階段の補修費 二〇〇万円

(3) 二階和室広縁の長押取替費 一三万円

(4) 二階和室天井の補修費 五万円

(二) 本件建物の価値逸失額 四八一万二八〇〇円

原告は、被告河野建設及び同佐野が本件建物を二三〇〇万円以上の客観的価値を有するものとして仕上げていると誤信して、右被告らに対し合計二三〇〇万円を本件請負工事代金として支払つた。

しかるに、本件建物には本件工事瑕疵があり、右(一)のとおりの補修をしたとしても、間取、工法等設計の非合法性並びに施工精度の低劣等による減価があつて、昭和五七年二月一六日時点での客観的価値は一八一八万七二〇〇円に過ぎないので、原告が右のとおり支払つた二三〇〇万円との差額四八一万二八〇〇円は、本件工事瑕疵による建物の価値逸失損害というべきである。

(三) 慰謝料 三〇〇万円

本件建物については本件工事瑕疵があつて、現在では構造耐力の安全性も確認できず、地震や台風等の自然災害時には倒壊の危険が全くないとはいえない。また、建築後各所に手直しすべき個所が出てきて、居住の快適性が損なわれている。このために原告の被る精神的苦痛に対する慰謝料は右金額が相当である。

6  原告の前記損害につき、被告らは、次のとおり賠償義務を免れない。

(一) 被告河野建設及び同佐野は、共同請負人として民法六三四条二項に基づき、本件工事瑕疵の修補に代る損害賠償義務がある。

(二) 被告河野は、個人会社とみるべき被告河野建設の代表取締役として、本件請負契約の履行につき悪意又は重大な過失により本件工事瑕疵を生ぜしめたものであるから、有限会社法三〇条の三に基づき右損害賠償義務がある。

(三) 被告堤建築設計は、本件設計監理契約を締結したにも拘らず、工事期間中一回も工事現場に来なかつたため、被告河野建設及び同佐野が確認通知書添付の設計図面どおりに工事を施工していないのを検査できず、よつて本件工事瑕疵の発生を防止することができなかつたのであるから、民法四一五条に基づき右損害賠償義務がある。

(四) 被告堤は、個人会社とみるべき被告堤建築設計の代表取締役として、本件設計監理契約の履行につき悪意又は重大な過失により本件工事瑕疵の発生を防止できなかつたのであるから、有限会社法三〇条の三に基づき右損害賠償義務がある。

7  よつて、原告は、被告らに対し、連帯して、前記損害賠償金一〇〇三万二八〇〇円及びこれに対する本件訴状送達後の昭和五八年二月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告河野建設及び同河野)

1 請求原因1のうち、原告と被告河野建設との間で本件請負契約が締結されたこと、請負代金は一五〇〇万円とし工事完成期限は昭和五七年一月三一日とする約定であつたことは認めるが、その余の契約内容は否認する。右被告が請負つたのは、本件建物の本体工事のみ(木工事、基礎床掘り工事、同型枠入れ、建具工事、畳工事、風呂場ユニット、二階便所ユニット及び断熱材施工工事)である。

2 同2の事実は否認する。

3 同3のうち、原告がその主張の頃被告河野建設に対し(2)及び(5)の追加工事を注文し、同被告がこれを請け負つたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4 同4、5及び6(一)、(二)の事実はすべて否認する(同5(一)(1)は既に補修ずみである)。本件建物の施工内容が当初の設計図と異なるのは、専ら原告からの設計変更の申入に従つた結果である。

(被告佐野)

1 請求原因1のうち、原告と被告佐野との間で本件請負契約が締結されたことは否認する。

2 同2の事実は不知。

3 同3、4、5及び6(一)の事実はすべて否認する。

(被告堤建築設計及び同堤)

1 請求原因1の事実は不知。

2 同2の事実は否認する。

3 同3、4、5の事実は不知。

4 同6の(三)、(四)の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実(本件請負契約成否及び内容)について判断するに、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、<証拠>中この認定に反する部分は、右その余の各証拠に比照し措信し難い。

1  原告は、昭和五六年九月二六日、被告河野建設との間で、左記建物建築契約(以下「本件請負契約」という)を締結した。

(一)  原告を注文者、被告河野建設を請負人とし、二級建築士である被告河野を監理技師とする。

(二)  建物は福岡市中央区清川二丁目一一号一八番二地上に、一階を鉄骨造車庫、二、三階を木造居宅として建築する。

(三)  請負代金は一五〇〇万円、工事完成期限は昭和五七年一月三一日とする。

2  そこで、被告河野が原告に代つて福岡市建築主事に対し右建築物の確認申請をしたところ、昭和五六年一〇月末頃これが却下されたので、同年一一月初め頃、原告と被告河野建設との間で、右建築物を鉄骨造三階建の本件建物に変更し、請負代金は出来高払いとする旨の合意が成立し、被告河野がその頃一級建築士である被告堤に対し、本件建物の建築確認申請書の作成方を依頼した。

3  右建築確認申請に基づき、同年一二月一一日付で、福岡市建築主事から原告に対し確認通知書が交付された。

ところで、原告は、被告佐野も本件請負契約の請負人であると主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。却つて、<証拠>を総合すれば、被告佐野は、被告河野建設が原告から請け負つた本件建物建築工事のうち、旧建物撤去工事、屋根工事、左官工事、鉄骨工事、給排水衛生設備工事、ガス工事、塗装工事、電気工事等を右被告の承諾の下に施工したにとどまり、原告との間に直接右各種工事の請負契約を締結したものではないこと、但し、その工事代金については、原告及び被告河野建設と合意のうえ、被告佐野においてこれを直接原告から受領したものであることが認められ、<証拠>中右認定に反する部分はたやすく措信し難い。

右認定の事実によれば、被告佐野は、被告河野建設の下請負人と認めるのが相当であり、右工事代金については、本来被告河野建設が原告から受領すべき本件請負工事代金のうち自己の施工分相当額を被告河野建設の代理人として原告から受領したものと解すべきであるから、被告佐野が本件請負契約の共同請負人であることを前提とする原告の同被告に対する本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

二請求原因2の事実(本件設計監理契約の成否)については、<証拠>によるも、これを<証拠>に比照すると、右事実を認めるに足りず、他に、右事実を認めるに足りる証拠はない(却つて、本件工事監理責任を負うのは、前認定のとおり被告河野である)から、被告堤建築設計が原告との間で本件設計監理契約を締結したことを前提とする原告の被告堤建築設計及び同堤に対する本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

三請求原因3の事実(原告と被告河野建設間の追加工事契約)のうち、(2)及び(5)については原告と被告河野建設及び同河野間で争いがなく、(1)、(3)及び(4)については、<証拠>を総合してこれを認める。

四請求原因4、5の事実(本件工事瑕疵の有無及び損害額)について判断するに、<証拠>によれば、原告は、昭和五七年二月一六日頃、被告河野建設から本件建物の引渡を受けたことが認められる。

ところで、建築工事の瑕疵とは、完成された建物が契約書等で定められた内容どおりのものではなく、使用価値や交換価値を減少させるか、当事者が特に要求した点を欠くなど、契約内容に照らして不完全な部分を有することであるが、本件請負契約書(<証拠>)には設計図面が添付されていないし、<証拠>によるも、これを<証拠>に比照すると、いまだ、本件請負契約において、本件建物の仕様はその建築確認通知書(<証拠>)添付の設計図面のとおりとする旨の合意が成立していたと認めることはできないから、右建築確認通知書添付の設計図面を基準にして右瑕疵の有無を判断するのは相当でなく、他に特段の事情の認められない本件においては、結局、社会通念上最低限期待される建物の性状を基準として決するほかはない。この場合、建築基準法は建築物の構造設備等に関する最低の基準を定めており、同法の基準に合致しない工事は着工が許されず、完成しても検査済証を受けられず使用も許されないことからして、契約当事者が建築基準法の定める最低基準を認識しながら敢えてこれに反するような設計、工事を契約したと認められるような特段の事情のない限り、契約当事者は同法所定の最低基準による意思を有していたものと推認するのが相当である。

しかるところ、<証拠>を総合すれば、被告河野建設は原告から本件請負工事代金として少なくとも二三〇〇万円を受け取つたものと認めるべきであるから、この工事代金額に、<証拠>を総合すれば、原告が本件工事瑕疵の修補に代えて賠償を請求し得る損害は、次のとおりと認めるのが相当である。

(一)  瑕疵補修費 六七万円

本件建物の構造上、性状上及び日常の生活上からして、最低限次の補修が必要である(補修費は昭和五七年一二月の本件提訴時を基準とする)。

(1)  一階物入(倉庫)及び便所の雨漏り補修費 四万円

物入(倉庫)の雨漏りの原因は、降水時物入北面外壁に吹き付けた雨水が境界のブロック塀(隣地所有物)との隙間(約六センチ)に溜り、ブロック積壁面を浸透して物入床面に流出しているものと考えられるので、その補修にあたつては、境界ブロック塀との隙間をコンクリートをもつて充填し、その上端を排水溝として防水モルタル塗りのうえ排水勾配をつけて補修する。便所の雨漏りは、隣接屋根面との取合部の水切り雨押えの長さが不足し、且つ降水量が多いときは軒先より溢水し、便所の側壁をつたつて落下した雨水が外周床面から浸透するものと考えられるので、その補修にあたつては、水切り雨押え(幅一八センチ)を二〇センチ程度延長するとともに、隣家の軒先カラー鉄板平葺に水返しをつけて補修する(かかる補修が完全になされたことを認めるに足りる証拠はない)。

(2)  二階から三階への階段廻り補修費 五〇万円

右階段の天井高さが構造上低く(一五〇センチ以下)仕上げられており、使用上通行困難で家具の搬出入等の場合支障があるので、三階便所の位置を北西向きに変更し、三階の廊下と階段室の木造間仕切を取り払つて手摺とし、階段の上部は床高を高くして押入に変更補修し、二階の階段北面仕切壁も取り払つて手摺とし、各階段の天井高を一八〇センチ以上となるよう改造補修する。これに伴い三階便所の窓サッシ、建具、衛生器具、洗面台及び電灯設備の移設をなし、現況に準じて補修する。

(3)  二階和室廻り長押取替その他の補修 一三万円

右和室並びに広縁の長押の色合が柱、鴨居、天井廻り縁と著しく不揃いであるので、柱等の色合に合わせて取り替え補修する。

(二)  本件工事代金額と本件建物の時価との差額損害 四四〇万八〇〇〇円

本件建物については、右のとおり補修をしたとしても、次のような瑕疵が残存する。

(1)  別紙工事瑕疵一覧表番号①、③、④(③、④の結果、建物の高さが前面道路幅による斜線制限線を約六〇センチ超過し建築基準法違反の状態にある)、⑤、⑱の欠陥がある。

(2)  内部仕上げについて、三階和室廻り付鴨居の脱落、二階和室床の間小壁間隔違い、落掛取付木口断面露呈、和室窓サッシ額縁の材質違い、洋間天井廻り縁断面寸法の不揃い、天井・壁貼物仕上げ釘頭の突出並びに歪み、板張り床水平度の歪み、二階階段蹴あげ高さの不揃い等があり、外部についても、モエンサイディング張りの継手、接目に目違いの部分がある。

(3)  階段廻り等の間取りの悪さのため、使用上かなり不便を感ずる。

しかるところ、昭和五七年一二月当時における本件建物の価格は、以上の工事瑕疵を考慮外とすると二〇二〇万八〇〇〇円であるが、右(1)、(2)、(3)の間取、工法等設計の非合法性、施工精度の低劣による減価は一六一万六〇〇〇円と評定されるので、結局右時点における本件建物の価値は、前記(一)の補修をしても一八五九万二〇〇〇円しかないことになる。これに対し、原告が被告河野建設に支払つた工事代金は少なくとも二三〇〇万円であるから、その差額四四〇万八〇〇〇円は右(1)、(2)、(3)の瑕疵並びに右代金相当額の工事がなされなかつたために原告の被つた損害というべきである。

(三)  慰謝料

原告は以上のほかに本件工事瑕疵による精神的苦痛に対する慰謝料を請求するけれども<証拠>によるも、原告が以上の損害賠償のほかになお金銭をもつて償われるべき精神的苦痛を受けたとは認め難い。

五請求原因6の事実(被告河野建設及び同河野の損害賠償義務の有無)について判断する。

1  被告河野建設は、民法六三四条二項に基づき、原告に対し、本件工事瑕疵の修補に代る前記五〇七万八〇〇〇円の損害を賠償すべき義務があることは明らかである。

2  被告河野は、被告河野建設の代表取締役であるのみならず、前認定のとおり二級建築士の資格を有し、本件請負契約において工事監理技師の立場にあつたものであるから、前記認定のような工事瑕疵、即ち、建物の構造上、性状上及び日常の生活上からして補修をすることが不可欠な欠陥、各所に建築基準法違反の点がみられるうえ施工精度が低劣であるなどの瑕疵は、反証のない以上、被告河野において本件請負契約を履行するにつき少なくとも重大な過失があつたために生じたものと認めるのが相当である。従つて、被告河野は、有限会社法三〇条の三に基づき、被告河野建設と不真正連帯の関係で、原告に対し、右五〇七万八〇〇〇円の損害を賠償すべき義務がある。

六結語

よつて、原告の本訴各請求のうち、被告河野建設及び同河野に対する請求は、連帯して五〇七万八〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の後である昭和五八年二月二日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却すべく、その余の被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官谷水 央)

(別紙)物件目録

福岡市中央区清川二丁目一一号一八番地二

家屋番号 一一号一八番二

一 鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺三階建居宅車庫

床面積 一、二、三階

各六一・八五平方メートル

(別紙)工事瑕疵一覧表<省略>

(別紙)図面<省略>

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